野鳥撮影の楽しみ方 : “野生のエナジー”を感じる!
野鳥撮影の楽しみは、思い描く野鳥写真が撮れたときに味わえるものであることはもちろんですが、シャッターを切るその瞬間にもあると思っています。それは、撮影を通して撮影者が生きている生き物の力・生きる意思のようなもの(以下 “野生のエナジー”)を感じられることです。本記事では野鳥撮影を通して感じられる野生のエナジーについて、そしてそれを味わうために気をつけるべき点について書いています。これから野鳥撮影を始めたいと思っている人、野鳥撮影をしていて楽しみが薄れてきてしまったと感じている人の参考になればうれしいです。
野鳥撮影で感じられる“野生のエナジー”
例えば道端でカマキリがバッタを捕食していたとします。「うわー…!なんかわからないけどすごい!」と思ったこと、ありませんか?蟻が落ちた飴玉にたかっている時、裏山で鹿を見かけた時…生き物の力というか、生きるという意思というか、そんなものを感じたことがみなさんもあるんじゃないかと思っています。
はっきりとは説明できないけれど、この「なんかわからないけどすごい!」と思える瞬間が野鳥撮影にはあります。この「なんかわからないけどすごい!」と思えるものをここでは“野生のエナジー”と呼ぶことにします。

“野生のエナジー”を感じられる時
2025年末から2026年始めにかけて、カワセミの近接撮影を楽しんできました。自分が見定めた枝にカメラを合わせてカワセミを待つ。思ったところにカワセミが来たところでシャッターを切る。撮れた写真に野生溢れるカワセミが写っている。この一連の流れの中でどこの場面でも僕は野生のエナジーを感じていました。カワセミを待っている間に現れたエナガの群れ、ハクセキレイのカップル、どれをとっても撮影・観察していて楽しかったです。その他電線に止まっているスズメや池で羽を乾かしているカワウなど、どの野鳥からも“野生のエナジー”を感じることができます。その時の野鳥の目、仕草、どれをとっても素晴らしいものです。
野鳥撮影を楽しめない時
野鳥撮影を楽しめない瞬間、それは野鳥の生活に人が関与した時だと僕は思っています。上に書いたカワセミの近接撮影は近所の公園の池で撮影していました。公園なので9時ごろには人が集まり始めます。その時、「あそこに止まっているカワセミ、人に警戒してこっちに来ないかなー」と感じてしまいました。そう感じた瞬間、今まで楽しんでいたカワセミ撮影は楽しくなくなり、“野生のエナジー”は感じられなくなってしまいました。
他にも、野鳥に餌付けしている瞬間などを目の当たりにすると、いくら綺麗な写真が撮れても、そこには“野生のエナジー”は感じられず、野鳥撮影が楽しめません。
まとめ
近所の電線でも、山の中の野鳥でも、人の手を借りず(人が手を出さず)自らの力で生きている姿に、“野生のエナジー”を感じられるのだと思っています!
“野生のエナジー”を感じるために、感じられることを楽しみに、野鳥撮影に出かけましょう♩
